常識とか当たり前、普通と言われている事ってたくさんありますよね。

 

 

例えば、『高校には行くべきだ』とか『就職したら定年まで勤め上げる』とか『大人になったら結婚して家庭を持つべき』とか色んな常識が世の中にはあります。

でもそれって今の時代、あまり意味のない事で、そんな常識とか当たり前にとらわれていたら、もったいない。

常識とか当たり前というのは元々限られた範囲内でのみ有効であった暗黙のルールみたいなもので、その範囲から外れると意味をなさないものです。

 

 

例えば、子供の頃、食事の時にお茶碗を手に取って持ち上げてご飯を食べるように教育されたと思います。

それが日本での食事の常識だから両親が教えてくれたわけです。

でもお隣の国の韓国に行くとお茶碗を持ち上げて食べる事は逆にマナー違反になります。

 

 

ほとんどの常識というのは、この程度のもので、本当に狭い範囲のローカルルールです。

常識というのがあるからスムーズに世の中が回っているというのもあるのですが、無理に合わせる必要も無いというのも知っておくべきです。

特に今のインターネットが普及して個人が広く情報発信できるようになった時代では、なおさら常識にとらわれる必要が無くなりました。

 

 

例えば、電車が好きで好きでたまらなくて、電車のためなら日本全国を馳け廻るという人がいます。

そういう人たちの事を電車オタクと呼びますよね。

ネガティブな意味合いも含んで呼んでいる人も多いと思います。

 

 

でもこれって本当は毎日毎日プロ野球中継を見ている人と同じ事ですが、野球オタクとはあまり呼ばれません。

もし呼ばれたとしても電車オタクほどのネガティブな意味を含んでいません。

対象が違うだけで、こんなに印象が違うのはなぜかと言うと、理解できる人の数が多いか少ないかの違いだけです。

『電車が好き』というのが理解できる人は少ないけど、『野球が好き』というのが理解できる人はそれなりに存在する。

その差だけです。

 

 

同じ趣味嗜好・考え方の人が自分の生活圏内にたくさんいれば、それは常識になるし、そうじゃなければそれは非常識になる。

ただそれだけで、それが正しいとか正しく無いとかそういう問題ではありません。

要するに多数決みたいなもんです。多いほうが常識だと認識されるだけ。

 

 

昔は自分の趣味嗜好や考え方が自分の生活圏内で少数派に属してしまったら、肩身の狭い思いをするしかなかったんですが、これがインターネットが普及によって状況が変わりました。

例えば、同じ学校の中で電車オタクと呼ばれる人が自分1人だったとしても、隣の学校まで広げればもう1人いるかもしれないし、エリアを市内に広げると何百人、何千人いる可能性も高いでしょう。

電車オタク仲間をリアルで探していく事はとても難しいですが、インターネットを使えば思っている以上に簡単に見つけられるはずです。

そういう電車オタクのコミュニティーをインターネットをきっかけに作って、リアルの世界で会うという事も可能です。

 

 

そうやって、自分の世界を広げていく事が可能な時代になっているという事です。

特に今ならスマホを使えば昔以上に簡単にインターネットにアクセスでき、簡単にメッセージのやりとりができます。

そうやって繋がれる世界が広がっているわけです。

インターネットによって少数派が生きやすくなったとも言えます。

 

 

情報発信さえすれば、自分の趣味嗜好や考え方に共感した人が集まってくるようになります。

情報発信すれば自分の世界が広がって、いろいろな可能性が生まれます。

だから情報発信しよう!

 

 

今の時代、誰でも簡単に情報発信する事が可能です。お金もかからないし、スキルも必要ない。

やるかやらないかだけです。

情報発信で自分の可能性を広げていきましょう!

 

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