何をやるにも時間がかかってしまってなかなか前に進まない、とお悩みではないでしょうか。

ビジネスをやるにあたっては、限られた時間や資金の中で動いていかなくてはならないので、効率的に動いていくことが必要不可欠です。

 

 

そんな時に知っておいてもらいたい考え方があります。

それが今回のテーマである『車輪の再発明』というものです。

 

 

車輪の再発明という言葉をしっかりと理解して、効率よくビジネスを進められるようにしていきましょう。

 

 

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車輪の再発明とは何か?

『車輪の再発明』という言葉も、先日このブログで書いた『『巨人の肩の上に立つ』ことで成長スピードをMAXまで高める』という記事でご紹介した、『巨人の肩の上に立つ』という言葉と同じように、IT業界でよく耳にする言葉です。

どこかの国で生まれた慣用句なんですけど、pearlというメジャーなプログラミング言語を開発した人がよく使っていたフレーズらしく、色んな書籍にも書いている有名な言葉です。

 

 

まぁ語源はどうでもいいんですけど、IT業界でなくても参考になる考え方なのでご紹介しますね。

『車輪』というのは、車の車輪(タイヤ)のことを指していますが、自動車メーカーが新しい車を開発する時に、わざわざ車を走らせるための仕組みとして、タイヤをゼロから発明しようとしませんよね。

細かい仕様の違いはあれど、ボディーの下にタイヤを付ければ動くということを知っている前提で新車の開発がされていきます。

 

 

 念のため・・・
もちろん、今よりもっと優れた車輪(タイヤ)を生み出すために研究はしていると思いますが、それはまた別の話です。

 

 

タイヤという既に確立された仕組みがあるのにもかかわらず、わざわざゼロベースで新たに既存のものを再発明するというような、付加価値の低いことに時間とお金を掛けることに対しての言葉として『車輪の再発明』という比喩が使われています。

 

 

なぜ、車輪の再発明をするのがダメなのか?

今あるものを使わずに既存のものを最初から作るということが、なぜダメなことなのか、わかりますか?

そのあたりについて、少し詳しくお話します。

 

 

労力の無駄

既に世の中に存在しているものをもう一度作ろうとするというのは、単純に二度手間ですよね。

もちろん、それを作ったのはあなたでは無いですが、人類全体という少し大きな視点で考えた場合に無駄な労力を費やしていると言えます。

 

 

自動車メーカーが車輪(タイヤ)を再発明しないように、既に世の中に存在しているものなのであれば、それを活用しましょう。

その代わりに、あなたはもっと違うところに労力を使って付加価値を生み出せば良い。

 

 

単純に労力という面で、車輪の再発明は好ましいものではないと言えます。

 

 

安全性の担保がされていない

何でもそうなんですけど、新しく生み出されたものというのは、不具合も多く、時には安全性を脅かす存在になります。

世の中に既にあって、実用化されているものというのは実践の中で、作る前には想像できないようなイレギュラーな状況にもたくさん直面していて、その度に改善を繰り返してきたものです。

要するに安全性が少しずつ高められて今に至っているわけです。

 

 

ソフトウェア開発なんかだと特に顕著ですが、多くのIT企業というのは最初に『β版(ベータ版)』というのを出します。

これは何かというと、まだ完全版ではないから改善点もたくさんあるし、それを修正していくことを前提としているけど、とりあえず使ってもらってオッケーです、というものです。

 

 

要するに最初から完璧なものなんて出せないから、使いながら修正していこうという考え方なわけです。

で、何が言いたいのかというと、既に世の中に存在している車輪を再発明してしまうと、その不安定なフェーズをもう一度経ないといけないということです。

 

 

この観点から考えても、既存のものがあるなら、それを使うというのが良い方法と言えます。

 

 

あえて車輪の再発明をするケース

総論としては、車輪の再発明をして無駄な労力を使わずに、もっと付加価値を生むことに労力を使おう、という主張をしたくて、この記事を書いていますが、いくつかのケースであえて車輪の再発明をすることもあります。

 

 

それはどんな時かというと、次のようなケースです。

 

既存のものが低品質

個人ビジネスでは使えるお金も時間も限られた中でビジネスを進めていかないといけないので、基本は何でもかんでも自分で作らずに、あるものは活用するというスタンスを取るべきです。

ですが、既存のものの品質が低すぎて使い物にならない場合や、使えてもそのままは使えずに手直しが必要だという場合は、あえて車輪の再発明を行うこともあります。

 

 

仕組みを学ぶとき

何かを学ぶときに、それがどんな仕組みになっていて、どうなっているのかを知る場合には、一から自分で手を動かすというのが1番早いです。

 

 

例えば、麻婆豆腐の作り方を教えるというときに、クックドゥーを使えば簡単に出来るけど、これを使ってたらどんな調味料を使ったら1から麻婆豆腐が作れるのかわからないですよね。

そうすると、麻婆豆腐を参考にした新たな料理を開発しようとなった場合に、何で出来てるのか分かってないから考えられないんですよね。

 

 

これと同じように、何かを学ぶためであれば、車輪の再発明は有効な手段だと思います。

 

 

現状はどうかというと、車輪の再発明されまくっている

こんな言葉が広く知られているIT業界では「車輪の再発明」のような非効率なことは行われていないのかと言われると、全くそうではなく、バンバン車輪は再発明されて行っています。

 

 

少しだけ話しそれるんですけど、プログラミングというと、普通の人にとってはとても難しく特殊な能力がある人にしか出来ないことだと、思っている人が多いです。

確かに「とても複雑で難しく、特殊な能力が無ければ手を出せないもの」もあります。

でもそれは本当にトップ数%のプログラマの世界で、多くのプログラマのレベルであれば、頑張れば誰でもなれます。

 

それは、先人たちが、プログラマが楽できる仕組みをたくさん残してくれているからです。

その1つにライブラリというものがあります。

一般的によくやるプログラム処理を汎用的な形にして、他でも使いまわせるようにまとめてくれている、プログラムの部品集みたいなやつです。

 

 

例えば、WEBサイト上で公開しているPDFファイルを、パソコンの指定したフォルダにダウンロードしたいとします。

その時の仕組みを全て自分で作り込んでいかなくても、ライブラリからいい感じのプログラム見つけてくれば、それ使うだけで勝手にそんな処理をしてくれます。

 

 

もしかすると、ちょっとイメージ付きにくいかもしれませんね。

Excelで一生懸命セル同士の足し算の式を書いていっても良いんですけど、オートSUM使えば範囲選ぶだけで足し算できるよね、っていう話です。

で、何が言いたかったかというと、僕たち個人でビジネスをしている者は、とても限られた時間と資金の中で戦っていかないといけないので、車輪の再発明はできる限り避けて、使えるものがあれば、それを積極的に使っていこうぜってことです。

 

 

あらゆる事で車輪の再発明ではないか考える

何か新しい取り組みをやろうって思った時に、自分でゼロから頑張ってやろうと思うかもしれませんが、だいたいどんな事でも探せば何かしら先人の知恵は見つかります。

もちろんそのまま使えるもの、使えないものはあります。

でもそれでもゼロから自分でやるよりはかなり有利な場所からスタートが出来るわけです。

 

 

マラソンで言うと、30キロ地点ぐらいから走り始めるようなもんです。0キロ地点から走り出すのより早く走り終えれますよね。

トレーニングという明確な目的があるのであれば、車輪の再発明もアリですが、そうでないなら自分がやろうとしていることは車輪の再発明になっていないか少しだけ立ち止まってみるのも重要なことかなと思います。

 

 

まとめ

インターネットというものが一般的になったことで、今やろうとしていることに関する情報がないかどうかを調べることが、とても容易にできるようになりました。

それがそのまま使えるかどうかというと、検証が必要かもしれませんが、ゼロから自分で整えていくよりはだいぶ早いケースが多いのではないでしょうか。

 

 

何かをやろうと思ったら、どこかに前例がないかを探してみて、車輪の再発明をしないようにしてみてください。

時間は有限です。限りある時間を有意義なことに使えるように意識していきましょう。

 

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